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コラム

中野発のサブカルを愛し、“ヲタク”を自負する中川翔子
「好きなものを入り口にしてさんぽすると、何気ない日常が変化」

いつもと違った視点で東京を巡れば、新しい発見に出会えるかも? このインタビュー企画「東京街歩きコラム」では、東京の街に魅せられた“さんぽ”好きの著名人に、とっておきの“散策術”を教えていただきます。

第2回目は、アニメやマンガといったサブカルカルチャーの聖地・中野区で生まれ育った、歌手・声優・俳優の中川翔子さんにお話を伺います。


ヲタクとしての誇りと信念を持つ街・中野

“しょこたん”の愛称で親しまれ、アニメ、マンガ、特撮好きの“ヲタク”を自称する中川さん。
生まれてこのかた35年、東京都中野区に住み続けていると言います。その魅力を聞けば、自身の土台ともいうべき、マンガやアニメといったサブカル文化を何十年も前から取り扱い、今もその文化を守り続けるこの街の特徴にたどり着きます。


「レトロな喫茶店やおいしい老舗店などいっぱいありますが、中野を語る上でやっぱり外せないのは『中野ブロードウェイ』ですね。
物心つくかつかない頃から母に連れられて訪れていたんですが、ブティックや飲食店などがある一方で、その当時からアニメやマンガ、ゲーム、フィギュア、特撮、ミリタリーなど、ヲタクにはたまらないマニアックなお店があったんです。

アニメやマンガの街をイメージするとき、ほかの街を思い浮かべる人も多いかと思いますが、中野はもう何十年も昔からサブカル文化を守り続けている。だから硬派でカッコいい。好きなものを追求しまくるヲタクとしての誇りがあるし、信念があってブレないなぁと尊敬しまくってます」


中川さんが愛してやまない「中野ブロードウェイ」は、1966年に開業したアミューズメントタワー。1991年のバブル崩壊後からサブカルの聖地として知られるようになったと言われています。

そんな「中野ブロードウェイ」で子供の頃から、ノストラダムスの大予言がブームとなった1990年代の終わりにはオカルトの本を買い、ブルース・リーを好きになり始めたらポスターや雑誌を入手していたという中川さん。自分が憧れ、欲しいと思ったものは、すべて「中野ブロードウェイ」に詰まっていたと目を輝かせます。




「特撮にハマっていたとき、戦隊もののバズーカーを買いに『中野ブロードウェイ』へ通っていたんですが、購入済みのものがよくお店に並ぶなぁと思っていたら、おばあちゃんが私が買ったものを勝手に売っていて。『中野ブロードウェイ』で私のお金が循環していたんです(笑)。

そんな思い出がいっぱいある大好きな場所で、いつか何かできたらと考えていたら、自身のお店を出店することになったし、開業50周年のタイミングで名誉館長にも就任されまして…。それに小林幸子さんと一緒に曲をリリースしたときは、ポスターまでデカデカと飾ってもらったこともあるんです。うれしすぎだし、先祖までさかのぼる親孝行でしたね」


中野がなかったら“中川翔子”は存在しない

忙しい芸能活動の中で、何度も訪れた引っ越しのタイミング。それでも中野区を出なかったのは、ヲタクをまるっと受け入れる寛容さとオーラが街にあったからだと語る中川さん。根っからのヲタクである自分の人生にきらめきをもたらしてくれた街だからこそ、全力で応援したいとも。


「幼い頃から歌手だった父の姿を見ていましたが、思春期は自分が芸能界に入るなんて夢にも思ってなかったんです。中学生のときは、運動も勉強も全然できなかったし、スクールカーストにも馴染めなくてすごく落ち込んでいて。
そんな日々の中でも、大好きなアニソンを歌っているときや、マンガやアニメを見て興奮して絵を書いているときは、嫌なこと全部忘れられて幸せでしかなかった。

今こうしてアニソンを歌ったり、アニメやマンガにまつわるお仕事をさせていただいているのは、そんなヲタクな私を許し、受け入れてくれた『中野ブロードウェイ』があったからこそ。ひいては中川翔子という人生ごと、この街が作ってくれたことに間違いありません。中野に生まれなかったらと考えると、恐ろしいですね(笑)。だから自分が中野に住んで、中野でヲタク活動することで経済を回していきたいし、全身全霊でサポートしていきたいです」


いつの時代もヲタクに開かれた中野。その街で育まれてきた“中川翔子”という人間性。アニソンを歌う夢を叶えた現在は、ヲタクカルチャーが国内へ広がり、海外でも共鳴されていることを実感しているそう。


「中野以外で思い出がある街は、コスプレを着てデビュー曲のMVを撮影し、『空色デイズ』という楽曲のリリースイベントをした秋葉原です。街全体がデジタルで常にアップデートされているので、ヲタクのダンジョンみたいな感じで中野とは違った面白さがありまよね。世界への発信力もあるので、そこも素晴らしいなと思います。

あと最近思うのは、海外でアニソンを歌うと、海外のヲタクたちの日本のアニメやマンガへの熱量がすごいということ。私が歌い始めると、一緒に日本語で歌ってくれるんですよ。

そんなみんなの姿を見たら、『どんだけ日本のアニメやマンガを愛でてきてくれたんだよ』って泣けてきちゃいます。そういう誰かの笑顔につながるきっかけをくれたのも中野なんですよね。やっぱり感謝しかないです」


さんぽで気づいた何気ない街並みにあふれる尊い日常

根っからのヲタク気質の中川さんは、運動はおろか、ちょっと歩いて移動することすら大嫌いだったそう。しかしコロナ禍によって、その気持ちにも大きな変化が起きたと語ります。

「自粛期間中、仕事も止まり、ずっと家にいる生活をしていたんです。普段の私ならヲタク活動をして楽しく過ごせるはずなんですけど、さすがにしんどくなってきて近所をさんぽしてみたんです。

そうしたら、空気のにおいや花の香りを感じられて気持ちいいし、知らない道を歩くのも楽しくて仕方ない。中野に35年も住んでいるのに、今まで気づかなかった新しい発見がいっぱいあったんですよ。

寝るとき以外スマホをずっと見ているような生活を送っていますが、あまりにさんぽが魅力的すぎてスマホを見る時間がもったいないと思うほど。今となってはさんぽがしたくて仕方なく、そのために犬を飼いたいとすら思っています。家に猫が9匹いるから、ちょっと厳しいんですけど(笑)」



夢中になると、1時間以上は平気で歩くという中川さん。さんぽを日常に取り入れてからは、コロナ太りも解消され、4kgの減量に成功したそう。そんな中川さんのお気に入りのさんぽは、高度経済成長期に誕生したレトロマンションを見て回るコース。

「もともとレトロなものが好きなので、東京でのさんぽのテーマは、レトロ建築。レトロな建物は見ているだけで興奮してきちゃうんです。いつも母と2人でさんぽしていて、『これは90年代初頭のアーバンの造りのマンションだね』とか想像を巡らせて、新しさの中にもレトロが混在する東京の街歩きを楽しんでます」



知らない街の知らない道を歩くと、見ず知らずの人の生活の営みに触れられて、自己を見つめ直すきっかけにもなるんだとか。

「どこかの家から柔軟剤のにおいがふわっとしてくると、自分以外の人にも生活があって、いろいろな困難を乗り越えながらも生きているんだよなって、愛おしい気持ちがふつふつ湧き上がるんです。

そういったシーンに出くわすと、芸能界を辞めてもおかしくないつらい時期があったけど、みんなだって一筋縄でない人生なんだよなという思いが巡りますね。人様の人生を勝手に想像しているだけなんですけどね(笑)」


コロナ禍をきっかけに、“さんぽ通”になってパワーアップした中川さん。もし、オンラインでさんぽツアーを開催するとしたら?

「いつもは母とふたりっきりなので、オンラインならではの特色を生かして30人くらいの規模で街中をネットで巡るのがいいかも。例えば、私がさんぽに出ている様子を配信して、そこで見つけた謎の花の名前や、不思議なビジュアルの団地名を当てるゲームを開催したり。オンラインのさんぽだからこそ、みんな一緒に盛り上がれそう!」



最後に、東京でさんぽを楽しむコツも教えてくれた。

「私は親世代が懐かしいと感じる1960年代のものだったり、自分自身が愛おしく感じる1980・1990年代のものが好きなんですが、自分の心の琴線に触れる年代がいつなのかを認識するといいかなぁと思います。そうして好きなものを入り口に街に目を向けて興味関心を持って歩いてみると、物事の見る角度がちょっと変わるから、見慣れた景色でさえ愛おしく思えてくるし、何気ない日常をよりおもしろく過ごせるはずです」




おさんぽのお供は、お気に入りのミニサイズのバッグ

「さんぽのために、お気に入りのブランドバッグを奮発して購入しました。カギとスマホくらいしか入らない小さいサイズです。さんぽのときの格好はジャージにキャップにボサボサ髪の毛で、このバッグだけかわいくて、あとはひどいですね(笑)。

誰にも気づかれないからいいかなと思っていたんですけど、先日、母とさんぼしながらすごく話が盛り上がっていた時に、いきなり岡崎体育さんから『今、見かけましたよ』って連絡が来て。どこで誰に見られているかわからないと思って、恥ずかしかったです(笑)。

このかわいいバッグを持って、大好きなさんぽをすると、心が解放されて楽しくなっちゃってついしゃべりすぎちゃうみたいです」




中川翔子(なかがわしょうこ)/歌手、タレント、俳優
1985年東京都中野区出身。
2002年にミス週刊少年マガジンを受賞し、芸能界デビュー。
2004年に始めた公式ブログ「しょこたん☆ブログ」が話題に。2006年にシングル「Brilliant Dream」でCDデビューを果たす。
2007年『空色デイズ』をリリースし、NHK紅白歌合戦初出場。
現在は、歌手や声優、俳優、イラストレーターなど幅広く活躍する。東京オリンピック・パラリンピック競技大会の「マスコット審査会」委員を務め、聖火ランナーにも決まっている。



●公式ウェブサイト:https://www.shokotan.jp/

●公式Twitter:https://twitter.com/shoko55mmts

メイク/灯(ROOSTER) スタリング/宮崎真純(likkle more) 撮影/嶋崎征弘 取材・文/船橋麻貴



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